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水戸地方裁判所 昭和45年(わ)53号 判決

(一)

本店所在地 茨城県日立市金沢町九七七番地

株式会社 泉製作所

右代表者

坂井康享

(二)

本籍 茨城県日立市多賀町九四四番地

住居

水戸市天王町一番三三号

会社社長

坂井康享

大正一五年四月五日生

右の者に対する法人税法違反被告事件につき当裁判所は検察官出口明良関与のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告会社を罰金二五〇万円に

被告人坂井康亨を懲役四月に

各処する。

ただし被告人坂井康亨に対してはこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社は茨城県日立市金沢町九七七番地に本店を設け、金属製品の製造等を営業目的とする資本金一、〇〇〇万円の株式会社であり、被告人坂井康亨は右会社の代表取締役社長としてその業務全般を掌理する者であるが、右被告人は被告会社の業務に関し、法人税を免れる目的をもつて架空仕入の計上などにより簿外預金を設定し、期末棚卸の一部を除外するなどの不正な方法により所得を秘置したうえ、昭和四二年九月一日から同四三年八月三一日までの事業年度において被告会社の実際所得金額が五、一五五万一、八〇〇円あつたのにかかわらず、同四三年一〇月三一日(同日納付期限)所轄日立税務署長に対し所得金額が二、六四九万一、七八四円である旨虚偽の確定申告書を提出し、もつて右会社の右事業年度の正規の法人税額一、七一一万五、五〇〇円と右申告税額八三四万九、四〇〇円との差額八七六万六、一〇〇円をほ脱したものである。

(証拠の標目)

一、被告人の第五回公判廷における供述

一、被告人作成の昭和四四年二月二一日付答申書

一、被告人作成の昭和四四年三月六日付答申書

一、被告人作成の昭和四四年四月二三日付接待費に関する答申書

一、被告人作成の昭和四四年四月二四日付答申書

一、被告人作成の昭和四四年五月二日付答申書

一、被告人作成の昭和四五年五月一〇日付答申書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年二月五日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年二月六日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年二月七日付質問てん末書(前綴分)

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年二月七日付質問てん末書(後綴分)

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年二月八日付質問てん末書(一、二)

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年二月一三日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年二月二一日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年二月二六日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年三月八日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年四月一〇日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年四月二一日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年四月二二日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年四月二三日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年四月二四日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年五月九日付質問てん末書

一、被告人の収税官吏大蔵事務官に対する昭和四四年五月一〇日付質問てん末書

一、被告人の検察官に対する昭和四五年二月九日付供述調書

一、被告人の検察官に対する昭和四五年二月一〇日付供述調書

一、被告人の検察官に対する昭和四五年二月一三日付供述調書

一、金用こと金村泰竜の収税官吏大蔵事務官に対する質問てん末書

一、金村泰竜こと金用の検察官に対する供述調書

一、大森謙之介作成の答申書

一、右同人の収税官吏大蔵事務官に対する質問てん末書

一、右同人の検察官に対する供述調書

一、吉田勇作成の答申書

一、水口武二作成の答申書

一、篭倉正俊作成の答申書

一、天野倉幸雄作成の答申書

一、右同人の検察官に対する供述調書

一、田中米子の検察官に対する供述書

一、永井常保作成の答申書

一、吉江衛作成の答申書

一、右同人の検察官に対する供述調書

一、伊藤正男作成の答申書

一、神永英雄の検察官に対する供述調書

一、樫村忠芳作成の答申書

一、茨城県高萩県税事務所長作成の証明書

一、日立税務署長大蔵事務官作成(被告人の法人税確定申告書写について)の証明書

一、収税官吏大蔵事務官作成の法人税決議書

一、大山三俊こと李三俊の収税官吏大蔵事務官に対する質問てん末書

一、右同人の検察官に対する供述調書

一、高橋進の検察官に対する供述調書

一、坂井すみ江の検察官に対する供述調書

一、宗田義弘作成の答申書

一、平塚滋作成の答申書(一)、(二)

一、高橋博作成の答申書

一、小泉賢次作成の答申書

一、三菱銀行水戸支店長作成の証明書

一、大塚勝之作成の供述書

一、柴野四郎作成の答申書

一、押収中の昭和四二年度分元帳一綴(昭和四五年押第七二号の一)

一、同昭和四二年度書直し元帳一綴(同押号の二)

一、同昭和四三年度分元帳一綴(同押号の三)

一、同昭和四一年ないし四三年度金銭出納帳一綴(同押号の四)

一、同昭和四一年、四二年度分銀行勘定帳一綴(同押号の五)

一、同昭和四三年度分銀行勘定帳一綴(同押号の六)

一、同昭和四二年、四三年度分定積借入金元帳一綴(同押号の七)

一、同昭和四一年ないし四三年度分支払手形勘定帳(同押号の八)

一、同昭和四二年度分買掛金勘定帳一綴(同押号の九)

一、同昭和四三年度分買掛金勘定帳一綴(同押号の一〇)

一、同昭和四三年度分経費明細帳(その一)一綴(同押号の一一)

一、同昭和四三年度分経費明細帳(その二)一綴(同押号の一二)

一、同吉江衛机中棚卸集計表四冊のもの一綴(同押号の一三)

一、同棚卸表綴一綴(同押号の一四)

一、同昭和四一年九月ないし四二年八月鋼材仕入帳一冊(同押号の一五)

一、同昭和四二年九月ないし四三年八月鋼材仕入帳一冊(同押号の一六)

一、同昭和四二年九月ないし四三年八月材料受払帳一冊(同押号の一七)

一、同坂井製作所請求書類一綴(同押号の一八)

一、同昭和四一年三月ないし四二年一二月坂井製作所総勘定元帳一綴(同押号の一九)

一、同泉製作所売上帳一冊(同押号の二〇)

(法令の適用)

被告人らの判示所為中被告人坂井康亨の法人税ほ脱の点は法人税法第一五九条第一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内で同被告人を懲役四月に処し、被告会社に対しては同法第一六四条第一項に則り右本条の罰金刑を科することとし、その所定罰金額の範囲内で被告会社を罰金二五〇万円に処し、情状により刑法第二五条第一項に則り被告人坂井康亨に対してはこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 林正行)

控訴趣意書(控訴取下げ)

被告人 株式会社 泉製作所

同 坂井康亭

右被告人両名に対する法人税法違反被告事件の控訴の趣意は次の通りである。

昭和四十六年六月十九日

右弁護人 浅見敏夫

東京高等裁判所第十三刑事部 御中

原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認、並びに量刑の不当があるので、破棄を免れないものと思科する。

第一点、事実誤認について

原判決は起訴と同額のほ脱所得ありと認定されているので、従てこれを科目別にみると

売上計上洩 五四〇三、九六六円

さも逋脱所得と認定したものと推測されるのであるが(原判決には修正損益計算書の添付がない)これは明らかに事実を誤認したものであり、原判決摘示の証拠自体よりしても、これをほ脱所得と認定することは経験則に照し不合理であると思科するのである。

即ち原判決摘示の、永井常保答申書、高橋博答申書、被告人の第五回公廷における供述及び収税官吏庄司栄に対する質問てん末書(昭和四四年二月七日付)によれば、右売上は昭和四十三年八月中旬被告会社より(株)永井鋼材商店に対し鋼材(磨簿板)を公表取引そして売買する契約が締結され、同月二十三日より翌九月六日までの間に右物件一四八、八八二円代金額五、八〇七、二五六円相当が引渡され、更に同月三十日から翌十月七日までの間に同様一五〇、一〇三、五、九〇三、五〇九円相当が引渡され、代金は永井商店派出の小切手にて九月七日、四〇〇万円、九月十六日、一八〇七、二五六円、十月九日、四〇〇万円、十月十四日、一〇〇万円、九〇三、五〇九円が支払はれ、右小切手は、常陽銀行銀座支店における被告会社名儀の普通予金口座に九月十七日・五八〇七、二五六円、十月十一日四〇〇万円、十月十四日・一、九〇三、五〇九円として予入されてある。更に被告会社は永井商店に対し正規の納品書、請求書、領収書を発行していることも認められる。

右取引の内、八月中に引渡しのあつたものが鋼材一三八、四九六瓩五、四〇三、九六六円相当のものであり、それが本件売上計上洩に該当するものである。

而しながらこのように公表取引とする約定のもとに売買され、正規の納品書、領収書等を発行し、受領した小切手を銀行の公表口座に入金している売上については、特段の事情のない限りこれを簿外の取引と認めることは経験則上合理性を欠くものといわざるを得ないであろう。

更に原審において取調べた証人永井常保、同田家敏夫の証言に被告人の供述を総合すれば、被告人は被告会社が属する家電業界の情勢よりして昭和四十三年八月期の業況は極めてよいが、翌四十四年八月期は業況不振と予測し、在庫の操作によつて両期の利益を調整すべく企画し、四十三年八月期には簿外在庫をつくつて利益を削減し、これを四十四年八月期に投入する方法をとつた。ところがその過程において四十三年八月新規機械購入の必要を生じ一旦簿外にした在庫を処分して資金作りをなすべく永井商店に交渉した結果、公表取引ならば買受けるとのことで成立したのが本件売買であつたのである。従つてこの契約段階において被告人はこの売上を簿外にする意思は全くなく、結果的にも前述の如く公表取引としての処置をとつているのである。偶々納品手続が年度を越えて九月六日にまで亘つたため担当者が経理処理を誤り、四十三年八月期の決算に計上しなかつたにすぎないことであり、被告人としては、売上を簿外にする犯意のなかつたことが明認されるのである。照して同年末税理士田家敏夫に右の如き取引の正しい経理処理の方法を尋ねたところ納品の時期に従い一部は四十三年八月期の売上に計上すべきであると指導され、同税理士に修正申告の手続を依頼したものであるが、その手続前に査察を受け果さなかつたことが認められる。従つて右売上計上減は脱税の犯意を欠くものとして、脱所得から徐外するのが相当であり、この点原判決は事実を誤認したものといわなければならない。

第二点、量刑不当について

原審裁判所は量刑に当り諸般の情状を参酌されたものとは思科するが、判示をしてもまた云渡しに際しても別段の説示はなく、殊にほ脱税額に関係し当然量刑にも影響する売上計上減に関する弁護人の主張に対し、何等触れるところのないことには遺憾の情を禁じ得ない。

求刑に比し若干の軽減はあったが、尚同種事犯の量刑に比較すれば重きに過ぎるものと思科されるので原判決を破棄せられ適正妥当なる御判決を賜りたく以下その理由を開陳する。

一、ほ脱税額について

第一点掲記の主張が認容され、ほ脱所得が減少すれば量刑に影響あることは当然であるが、仮にこの主張が否認されるとしても前述の如き客観的事実のあることよりして、その収益は当期に計上するか翌期に計上する違いがあるのみで、課税所得に加える意思は十分認められるのであるから、税率に累進のない法人税法としては利益の繰延べにすぎないものとして量刑上は参酌さるべきである。

従って本件の量刑上の基準となるほ脱税額は六、八七九、六〇〇円として考慮せらるべきである。

二、動機について

被告会社には同じ日立製作所の下請をしていた姉妹会社があった。それは被告会社発足の当初より経営面、資金面等で非常な援助を受け、その后被告会社の発展につれて相互に銀行保証をしあい、提携関係にあった。日東工業株式会社(社長は被告人の妻の兄)、(株)坂井鉄工所(社長は被告人の兄)であるが、両社が経営不振に陥り、被告会社として両社に対し銀行保証ばかりでなく、資金援助‥‥‥「被告会社の取引先等から高利の金融を受けこれを融資したもの‥‥‥」をしたところ、昭和四十年九月、昭和四十一年一月と相次いで到産し、結局被告会社が債労弁済の責を負うこととなり、やむなく売上計上減、架空仕入等の操作で資金を浮かし返済せざるを得なかったことが本件の発端である。

右負債の整理は昭和四十二年八月期までに終えたが、両社の到産時における余りにも悲惨な状況‥‥‥「倒産の噂と同時に債権者らしい集団がトラックで押かけ掠奪同様に金資産を持去り、後に残ったものは神棚だけであった。このことは昭和四十年十月のエコノミストに掲載された」‥‥‥を思うにつけ被告会社としても万一に備え企業防衛のため社員の生活の擁護のために若干の資金の蓄積を考え、経理操作を続けたのが本件起訴の年度である。

一度経営不振に陥ると金融機関は担保を引あげ、親会社は債権債務を相殺して逃げ、一般債権者を相手に苦闘し、倒産する中小企業の宿命を思うとき、脱税を肯定するのではないが悲しい自己防衛の蠢きとして理解を賜りたいことである。

三、利益の調整について

被告人の原審公刑における供述、大森謙之介の質問てん末書(昭和四十四年二月六日附)によって認められるように被告人は月次の試算表によって昭和四十三年四月頃には同年八月期の利益の異常な伸びを知り、同時に家電業界の情勢より翌四十四年八月期の業況不振を見通し、中小企業の税務署に対する感覚‥‥‥「一旦申告した所得額はその次期以降に減額申告すると税務署より厳しい調査を受ける」‥‥‥から四十三年四月以降その対策として在庫調整を企図し、同年八月期末には原材料において一三、六五八、一六二円、仕機品一〇、五七二、八七八円を簿外在庫にしたが、資金の必要に迫られ、原材料六、三〇六、七九九円を前掲五、四〇三、九六六円と共に永井商店に売却して公表化の処置をとり、残余の七、三五一、三六三円相当のものは翌期の原材料に無償投入し、公表利益にくり込んだことが認められるのである。

右被告人の供述が単なる弁解でないことは、被告会社の売上が

四十一年八月期 四五、八一二万円

四十二年八月期 六三、八〇〇万円

四十三年八月期 七〇、六七五万円

四十四年八月期 六二、二〇八万円

と推移し、また四十三年八月期と翌期の原価率を比較すると、

四三年八月期 売上七〇、六七五万円、原価六一、五〇三万円 八七%

四四年八月期 売上六二、二〇八万円、原価五〇、六〇六万円 八一%

となり、日立製作所の厳重な検収を受ける被告会社の製品にしてこのように原価率に開きのでていることは被告人の供述と裏附けるものということができよう。

斯うしてみると在庫操作による利益調整は当期または翌期において総て正しく課税所得に加算されたということである。

尚、仕掛品の詳価操作による一〇、五七二、八七八円は翌期以降の製品売却の機会に当然利益として計上されることになるのでほ脱所得には加算されないのである。

四、本件査察により被告会社は国税当局等より、昭和四十年八月期乃至四十三年八月期の四期に亘り

法人税 三二、二三三、八〇〇円、

同種加算税 八、一〇六、〇〇〇円、

同延帯税 三、五八五、七〇〇円、

地方税合計 一九、三九九、二七〇円、

合計 六三、三二四、七七〇円、

の更正を受け、銀行より借入れまでして完納したのであるが、右課税は誠に過酷であるといはなければならない。即ち前述日東工業(株)外一社の倒産会社に対する資金援助について国税当局は、被告会社の貸付ではなく、被告人個人の貸付と認定していることである。それによると、高利貸から被告会社が借受け、これを被告人個人に貸付け、被告人個人が倒産二社に貸付けたものと認定し、従って二社の倒産にも拘らず被告会社は社長たる被告人個人に対し債権を有するので貸倒れにはならないというのである。

例えば、昭和四十三年八月期についてみると、更正処分は財産増減法をとり実際所得が七六、二〇七、九二八円あったと認定(告発起訴は五一、五五一、八〇〇円)し、その内訳をみると社長貸付金二一、〇二〇、三一八円があるものとされているのがそれである。

しかも、社長貸付金について年一割の利息を徴収すべきものと認定し、その合計額一三、四一〇、四四七円を社長に対する賞与と看做し所得税合計六、〇七三、二二四円を課税しているのである。

被告会社から倒産二社に対する貸付であれば貸倒れとして全額損金となるべきものが、社長個人に対する貸付と認めることによって法人の所得に加算され、剰え利息を認定して賞与と看做し所得税を課するという、これが租税負担で年の原別に適するといえるのであろうか。

五、結論

本件は動機において、また事後処理において酌量すべきものがあり、申告率も五一%と高く、実質的なほ脱所得は僅少である。被告人の事業経費の才能、誠実な人柄は高く評価されており、再び罪を犯す虞れは全くないことが確信される。

かかる本件に対する原判決の被告会社に対する罰金刑もさることながら、被告人に対する懲役四月執行猶予三年の罰は酷である。このほ脱事件とすれば罰金刑相当と思科される。同様事犯のこともあり御明断を賜りたく上申するものである。

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